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日本南京玉すだれ協会 南京玉すだれの歴史

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南京玉すだれの歴史を紹介しています。

トップページ南京玉すだれについて南京玉すだれの歴史

南京玉すだれの発祥の地として認定 「富山県平村上梨の白山宮」

南京玉すだれ発祥の地に認定

この度、富山県東礪波郡平村上梨の白山宮を「南京玉すだれ発祥の地」として認定することになりました。認定にあたり、地元村役場並びに「越中五箇山こきりこ唄保存会」関係者のご理解とご協力を賜り、ありがとうございます。

発祥の地としての認定理由

平村上梨の民謡「こきりこ」が原点です。「こきりこ」に使用されている「ささら」(編竹)が南京玉すだれの原型です。編竹は平家の子孫が遠く都を偲んで竹を編んだ物で形を作ったとも言われております。「南京玉すだれの歴史」もご覧下さい。

発祥の地としての今後の取り組み

「南京玉すだれ発祥の地」として全国各地の南京玉すだれ愛好家に広め、さらに南京玉すだれ の普及活動にまい進して参ります。「南京玉すだれ日本一選手権大会」の開催も計画しております。

 

「南京玉すだれ発祥の地」認定式は3月24日(日)午前10時30分
富山県東礪波郡平村上梨の白山宮で開催されました。

 

 

こきりこ(中央の手に持っているものが「ささら」です)

 

北日本新聞 3月2日朝刊で掲載されました。

 

南京玉すだれ協会 平村発祥の地に認定

平村上梨の白山宮「南京玉すだれ発祥の地」に認定されることになった。 普及に努める日本南京玉さだれ協会(神戸市)が一日までに決めた。
南京玉すだれ歴二十年という八房梅香協会理事長(50)によると、玉すだれのルーツは上梨に伝わる民謡「こきりこ」で使われる楽器「ささら」だという。八房理事長は県内に親類があり、十年ほど前に初めて「こきりこ」を見た。
「ささら」の形や音から玉すだれの原型と直感。「編竹踊り」という玉すだれそっくりの 踊りがあることを知り、ルーツと確信した。春と秋の祭礼で「こきりこ」が奉納される白山宮を発祥の地と認定することにした。八房理事長は「学術的な裏付け はないが、南京玉すだれの故郷として広めたい」と話す。
認定式は二十四日、白山宮で行う。越中五箇山こきりこ唄保存会が「こきりこ」を披露。 編竹踊りの唯一の継承者、大瀬雅和さん(五二)=村産業観光課長=踊りを発表したあと、八房理事長ら会員四十人が南京玉すだれの妙技を奉納する。
協会は会員約四百人。将来的には白山宮で南京玉すだれ日本一選手権の開催も計画している。

 

南京玉すだれの歴史

南京玉すだれは日本で作られた。

どうして「南京玉すだれ」と呼ぶか。
江戸時代、旅の放浪芸人が、色々な商売の売り言葉(口上)を手控えとして作った「諸芸口上集」の南京玉すだれの部で「先御免(ますごめい)を蒙(こうむ)りまして、京・大坂・江戸、三ヶの津に置きまして流行り来るハ、唐人阿蘭陀南京無双(とうじんおらんだなんきんむそう)玉すだれ、竹成る数が参拾六本、糸の数が七拾と弐結び、糸と竹との「はりやい」を持ちまして、神通自在御覧に入れます。

 

先(まず)岩国でハ算盤橋(そろばんばし)、双方高い橋の欄干、欄干有りてぎぼしない所をすだれの御笑い、武士一統でハ金兜(かなかぶと)、東海道五十三次で蕎麦屋の
看板、三日でハ三ヶ月十五夜の形、伊勢道中に置きました。間の山でハお杉やお玉、祖父とばさんの糸車、淀の川瀬で、すだれば一連に跡へと戻る」とあります。口上の中で「唐人阿蘭陀南京無双玉すだれ」と言っていましたのがいつしか無双が無くなり「南京玉すだれ」と呼ばれるようになりました。

 

なぜ玉すだれと呼んだのか。

 

「玉」とは小さくてかわいいとの意味があり、一般の簾より小さくてかわいいのでこのような名称がつきました。なお、当時南京は先進都市の代名詞で、大変ありがたがる
風潮があり、いかにも舶来品のような名前が付いたと思われる。玉すだれの原型は、平安時代から現在もある、越中(富山及び岐阜県高山地方)のササラや福井県のビンザサ
ラで、短冊状の板をつづり合わせた楽器です。

 

なお、大道芸とは芸人(角付人)が道端や角付け、広場で演じ、投げ銭を貰っていた。香具師(やし)は、お客さんを呼ぶために演じ、物を売っていた。明治には寄席でやるようになったが、大正時代に寄席から消えた。現在は色々な玉すだれが販売されているが、江戸時代は玉の数も少なく、36本であったが、その後改良され、又、色々な形を作るので数も増え56本、長さも関東では尺(33cm)が中心。関西では玉の数が44本、長さは29cmタイプや、土産物用で20本前後、長さ20cm以下のタイプもある。

 

文献・・藝能史研究會編
「日本庶民文化史料集成 第8巻」三一書房刊より

 

手遊び売り

 

数枚の竹板を簾(すだれ)のように溝にはめ込み、伸び縮みするように作った玩具だが、日本舞踊の小道具にもあり、寄席では、南京玉簾と称して、いろいろの形を作る芸ある。
明治二十九年四月十日の『風俗画報』に、「手遊び売り」という文章が見られる。

サァサァ召(めし)ませ、これこの通り延びたり、縮んだり自由自在、さてこう延びた所は甲斐の猿橋、縮んだ所は老爺(じじい)の金玉サァ広いお江戸に類と真似のない竹細工でござい、代価はわずかただの四文、坊様、嬢様、面白いのを召ませ召ませ、と節可笑(かか)しげに歌ひながら、子供の機嫌とりどりに歌ひながら、子供の機嫌とりどり、竹を破りて簾の如くに編みたる手遊(おもちゃ)を携えへつ。売歩く老爺(おやじ)の面の長閑さよ。無邪気神の如くなる小兒を相手の商売(あきない)なれば、気兼(きがね)苦労は巷の塵程もなく、見るから何処なし
に福々しきは己れも愛の神の感化をや受けしならむ。

文献・・・文献・・・今村恒美画
『江戸暦渡世繪姿』創拓社より〜

 

 

日本南京玉簾協会 住所:〒650-0022 神戸市中央区元町通4丁目5-10 明賢ビル701号 電話:078-366-0737 FAX:078-366-0738 power by k-defense.jp